心を弱らせるのが老いならば、私は老いを憎む

老いを憎む

人間は誰しもが老いていく。それはわかるし、自分のことであれば許容する。老いは敵ではない。人生の一部だ。そう考えたいと思う。ただ、私は聖人君子ではない。

先日、85歳になろうとしている父と話した。

風邪をひき久しぶりに38度を超える熱を出したそうだ。膀胱炎も併発してしまった。その父が、夜にトイレに行こうとした際に、ふらついてベッドから落ちてしまい、痛みで動けず失敗してしまった。自分に起こったことに、驚きと焦り、羞恥、恐怖、悲哀が入り混じった、消え入りそうな声だった。

老いの一番怖いのは、心を弱くすることだ。老いが父を悲しくさせた。

歩みが遅くなる、体力が減る、目が悪くなる、トイレが近くなる、節々が痛くなる。できたことができなくなる。それは仕方がない。自分のことだったらそれも受け入れるだろう。ただ私の家族を悲しい目にあわせるのが老いなのであれば、私は老いを許さない。

許さないからといって何ができるわけでもない。でも慰めることもできない。無力。それがとても悔しい。

この記事を書いた人

妻と愛犬ジェイド(女の子)と暮らしています。 老眼鏡を新調したのを機に、積読していた本を少しずつ読み始めました。

派手な生活ではありませんが、犬と眼鏡と本と音楽とコーヒーあれば十分。そんな日々の断片を、記憶がわりに書き留めています。